事業化率7割のビジネスコンテストがある。大手開発コンサルティング会社アイ・シー・ネット(さいたま市中央区)が主催する「40億人のためのビジネスアイデアコンテスト」だ。同ビジコンの責任者を務める山中裕太氏は「途上国の課題を解決するためのビジネスを本気で事業化したい人だけ募集している。そのおかげもあって、革新的なビジネスが徐々に立ち上がってきた」と胸を張る。事業化率が高い秘訣は「アイデアの革新性」「起業家の熱意」「アイ・シー・ネットの支援体制」の3つにありそうだ。
■僻地の電化に発電所は要らない
「40億人のためのビジネスアイデアコンテスト」とは、世界に40億人いるとされるBOP層(Base of the Pyramidの略。年間所得3000ドル=約33万円以下の貧困層を指す)の生活向上につながるビジネスの立ち上げを目的としたもの。2013年からこれまでに4回開催。第1~3回のファイナリスト16人のうち11人が事業化した。事業化率は69%だ。
第1回のファイナリストだった池田尚子さんは2015年10月、カンボジアのプノンペンにネアク・ポワン音楽学校を設立した。コンセプトは「カンボジア人のための低価格な音楽教室ビジネス」。この学校では、カンボジア人のBOP層に音楽の楽しさを感じてもらう。ただそれだけでは十分なもうけが出ない。収益を得るため、カンボジアの中高所得者層をターゲットに中古ピアノを輸入販売する。
第2回のファイナリスト、黒柳英哲さんは2015年4月に、ミャンマーのマイクロファイナンス機関のIT化を進める会社リンクルージョンを設立した。ビジネスの肝は、マイクロファイナンス(少額の融資・預金・保険などの金融サービス)の顧客(BOP層)から集めた膨大な家計データを、BOP層を相手にビジネスしたい企業や、援助機関、開発分野の研究者らに販売することだ。
40億人のためのビジコンの“卒業生”で、アイ・シー・ネットがモデルケースとしていきたいのが「車やバイクが走行中に発電する電気を貯めておき、無電化地域で使えるようにするビジネス」だ。この革新的なアイデアで第1回のファイナリストとなった澤幡知晴さんは2014年2月、車が発電した電気を貯めるサブバッテリーと専用コネクタからなるシステムを開発、製造、販売する会社エクスチャージを設立。2016年6月にはシンガポール法人を立ち上げ、現在はタイ、エチオピア、ベナンでこのシステムを販売している。
エクスチャージは、途上国の運送会社などにこのシステムを売る。運送会社は、トラックが走りながら貯めた電力を、無電化地域の住民に販売する。大がかりな発電所を建設することなく、僻地に電気を通すことができるのがミソだ。
「BOPビジネスを続けるために絶対必要なのは、途上国の問題を解決したいという熱意だ。変化が激しい途上国のマーケットでは臨機応変にビジネスモデルを転換する必要がある。これは熱意がないとできない」と山中氏は語る。山中氏自身も、青年海外協力隊として、アフリカのザンビアで理数科教師をした経験があり、途上国支援への熱意は人一倍強い。
■BOPビジネスへ「投資」も
貧困層を巻き込むBOPビジネスは、富裕層をターゲットにしたビジネスと比べ、事業化するのも、利益を上げるのもハードルが高いというのが定番だ。にもかかわらず、40億人のためのビジコンの事業化率が7割と、通常のビジコンの2~3割をしのぐのはなぜか。革新性と熱意に続くポイントとして山中氏が挙げるのは、20年以上にわたって途上国で政府開発援助(ODA)案件を手がけてきたアイ・シー・ネットのノウハウを前面に押し出した支援体制だ。
「40億人のためのビジコンでは、100万円の賞金(これに加えて事業化支援費として最大200万円)を払って終わりではない。一緒にリスクを負い、一緒にビジネスをやっていくイメージ。40億人のためのビジコンを、途上国の課題を解決できるビジネスを軌道に乗せる発射台にしたい」(山中氏)
BOPビジネスの支援体制をアイ・シー・ネットは「三段ロケット」と命名する。第一段階の40億人のためのビジコンでは、革新的なビジネスアイデアと熱意をもつ起業家を探す。第二段階は、アイ・シー・ネットが運用を受託した経産省補助金事業「飛び出せJapan!」を使って、立ち上げ段階のビジネスに、製品やサービスを開発するための資金を出す。第三段階はアイ・シー・ネット自身による起業家への投資。十分な資金を得ることで起業家に途上国市場に飛び出してもらう。
第二段階の「飛び出せJapan!」では、採択された企業に対して経産省からの補助金(2017年は最大3000万円)を支給するだけではない。アイ・シー・ネットは、現地調査やビジネスパートナーの紹介、各種コンサルティングなどでサポートする。リンクルージョンとエクスチャージは、40億人のためのビジコン入賞後に、「飛び出せJapan!」にも採択された。
山中氏は「アイ・シー・ネットの強みは、ODA案件で培った現場レベルから大臣クラスまでの人脈をもつことと、それぞれの国の事情を熟知していること。1人で事業を立ち上げる起業家がほとんどなので、営業やマーケティングを成功報酬で請け負うこともある」と言う。
第三段階の投資もすでに実績がある。アイ・シー・ネットは2016年11月に、エクスチャージのシンガポール法人に6万6666シンガポールドル(約530万円)を出資した。山中氏は「年間2~3社への投資を予定している。一般的なベンチャーキャピタルのように、何年以内にいくらの利益を上げるといった目標設定はしない。だが、収益が上がるか、事業が継続できるかはシビアに判断している。ビジコン→『飛び出せJapan!』→投資の三段ロケットに乗ったエクスチャージは、成功のモデルケースになる」と同社の発展に期待を寄せる。